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熊本地方裁判所 昭和49年(ワ)273号 決定

原告

青山サツキ

右訴訟代理人

西辻孝吉

被告

第百生命保険相互会社

右代表者

川崎稔

右訟訴代理人

小口久夫

主文

本件移送申立を却下する。

理由

(申立の趣旨および理由)

別紙移送申立書のとおりである。

(移送申立に対する原告の反論)

別紙昭和四九年一〇月三〇日および昭和五〇年四月一六日付各準備書面記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

一〈証拠〉(本件保険契約申込書写)、〈証拠〉(本件生命保険証券写)によれば、青山篤と被告との間において昭和四七年五月二六日成立した生命保険契約は被告の定款および新総合保障保険普通保険約款に準拠する旨の定めがなされていることが認められ、〈証拠〉(被告の定款および新総合保障保険約款)によれば、右約款第二六条において、「保険金、年金または給付金は調査のためとくに時日を要する場合のほかは、前条に規定する書類が会社の本社に到着した日から五日以内に会社の本社で支払います。」と定めていることが認められる。

したがつて、本件保険金の支払場所の定めすなわち義務履行地が被告主張のとおり右約款の規定する本店に限定されると解するならば、原告は、被告に対し民事訴訟法第五条の規定に基づき当裁判所を特別裁判籍所在地の裁判所として本訴を提起することができないこととなる。

二しかしながら、当裁判所は右約款の解釈上、本件保険金の支払場所が被告本店に限定されると解することは、次の理由で相当でないと考える。すなわち、

(一)  普通保険約款は、主務大臣の認可の対象とされ(保険業法第一条、第一〇条)、認可のあつた約款の内容は一応適法性ないし合理性が推定されるが、右認可は行政的監督であつて補充的なものにすぎず、したがつて、右約款の内容が保険契約者、被保険者、保険金受取人の利益保護の見地から不合理である場合には、司法的判断によつて、右約款を合理的に理解できるよう解釈し、もし、解釈の限度を越えるほど不合理であれば、その拘束力を否定すべきであると考える。

(二)  いま本件についてこれを観るに、もし、前記約款第二六条が、被告主張のとおり、保険金の支払場所を被告本店と限定したものと解するときには、被告は全国三八箇所に支社を有し、保険の勧誘、契約の締結の代行、保険料の徴収等をすべて支社において行つていながら、ひとたび保険事故が発生した場合には、被告の支社が北は旭川、南は熊本にありながら、支社所在地居住の保険金受取人は被告本店まで赴いて保険金の支払をうけねばならないこととなり、これでは、保険契約者、保険金受取人の法的利益は著るしく無視されることが明らかである。そして、もし、被告が前記約款の条項を限定的に解し、支社における保険金の支払をしないという建前を固執するのであれば、東京より遠方の保険契約者は保険金受取人が東京またはその周辺地域に居住する等特別の事情のない限り、被告とは保険契約を締結しないであろう。

(三)  ところで、現実に右のような解釈に従つて、保険業務が行なわれる筈はなく、証人浦辺大七郎の証言によれば、内勤職員約一六名、外務員約八〇名を擁する被告熊本支社においては、保険金受取人の希望に従つて、同社の窓口にで支払うか、または受取人の指定する銀行または郵便局の口座に振込む方法によつて保険金を支払つており、前記約款第二六条の規定をたてに被告本店で受領するよう要請した事例は全くないことが認められる。

(四)  してみれば、前記約款第二六条の規定は、保険金の支払場所を限定したものと解することは、約款の合理的解釈からも、また現行の保険業務の慣行からも妥当でなく、むしろ、右規定は保険金の原則的支払場所を例示したにすぎず、前記熊本支社が行つている支払方法を否定する趣旨ではないと解するのが相当である。そして、前記認定熊本支社の保険金支払業務に徴すれば、保険金受取人の住所が被告の支社の所在地にある場合には当該支社も保険金支払場所とする旨の保険契約が慣行的に成立していると認めるのが相当である。

三そうだとすれば、本件保険契約に基づく保険金の受取人と主張する原告が被告熊本支社の所在地に居住している以上、原告は民事訴訟法第五条の規定に基づき義務履行地を管轄する当裁判所に本訴を提起することができるものというべく、よつて、被告の移送申立はその余の主張につき判断を加えるまでもなく理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。 (糟谷忠男)

移送申立書

申立の趣旨

本件を東京地方裁判所に移送する

との御決定を求める。

申立の理由

熊本地方裁判所には本件についての管轄権は存在しない。

一 被告会社の本店は東京都渋谷区渋谷三丁目一番四号にある。従つて民事訴訟法第一条の普通裁判籍は東京都である。

二 本訴は原告、被告間の生命保険契約に基づく死亡保険金請求事件であるところ、右保険金の支払は被告会社の本店において行うことは本件保険契約における監督官庁の免許をうけた被告会社の新総合保障保険約款第二六条で明定しているところである。

よつて民事訴訟法第五条の義務履行地も東京都である。

三 更に本件生命保険約契を取扱つた被告会社熊本支社はなるほど御庁の管轄内に所在するが右支社は民事訴訟法第九条の事務所または営業所には該当しない。即ち、右支社は保険業務の基本的業務行為である保険契約の締結ならびに解除、その復活の承諾、保険事故ある場合の保険金の支払業務を独立して行なう権限乃至組織を有せず、これらは全て本社が集権的に専掌しているところである。而して支社は主として保険業務の末端業務、しかもその一部である新規保険契約の申込の勧誘、第一回保険料徴集の取次およびそこに従事する外務員の指揮監督事務を取扱つているのみで、契約の申込、保険金支払の事務は単に本店に取次いでいるにすぎないのであるから、民事訴訟法第九条の事務所、営業所に該らないことは明らかである。(ちなみに商法第四二条に関連して最高裁昭和三七年五月一日判決は、右の如き保険会社の支社は対外的に独自の事業活動をする従たる事務所に該当しないとしている。最高裁民事判例集一六巻五号一〇三一頁)。

四 以上の理由により御庁には本訴の管轄権がないので民事訴訟法第三〇条第一項の規定に基づき管轄裁判所である東京地方裁判所に移送を求めるものである。

昭和四九年一〇月三〇日付準備書面

一 被告の移送申立に対し、原告は被告の主張事実を否認する。原告は、被告主張の如き内部的取扱の如何は知らない。

通常保険金は被保険者又は契約者の住所に送金又は持参して支払はれている(民法第四八四条、商法第五一六条)。被告主張の如く、義務履行地が東京都であるとして、東京地方裁判所に出訴しなければならないものとすれば、契約時に、被保険者又は保険契約者に対し、その旨を告知すべき義務があるものというべきであり、かゝることなくして、かゝる移送申立が許されるとすれば実質上、経済力のない原告の出訴を拒否されることゝなるものであつて、権利の乱用というべきである。

昭和五〇年四月一六日付準備書面

一 被告会社は熊本市水道町一丁目三〇番地に、被告会社熊本支店の名称を有する営業所を設置し、支社長の名称を付与された主任者が右支社の業務を統轄していることが認められる。

右被告会社熊本支社においては、内勤事務者のみならず、外務事務員を雇傭して、保険契約の募集をなし、保険医を置いて保険契約申込者の身体の検査をなすのはもとより、保険契約を為す場合には、その都度本社の意見を聞くことは為さず、支社長の権限において独立して保険契約を締結し、第一回保険料を領収し、その以後の毎月の保険料の徴収も右支社に徴収員を置いて加入者から徴収しているものである。してみれば、本訴は民事訴訟法第九条により営業所を有する者に対する訴として御庁に管轄権があるものというべきである。被告掲記の最高裁判決は事案を異にするものであつて、支社において、前記のとおり、保険契約の都度本社の意見を聞くことなく、支社長の権限乃至裁量により保険契約を締結し、毎月の保険料を徴収する事務を取行い、或範囲の義務を独立して行う権限を有する場合は営業所と認めるべきことを右判決においても判示しているものというべきである。(なお、同旨の判決として、大正八年(ネ)第二二〇号同年一一月一九日大阪控民三判新聞一六三二号一四頁。大正一三年(ワ)七号同年四月一一日大阪地民七判新聞二二七七号二一頁。)

〈参考 その1〉――――――――――

(徳島地裁昭和四七年(ワ)第六七号、保険金請求事件、同四七年四月二一日決定)

被告

協栄生命保険株式会社

主文

本件を東京地方裁判所に移送する。

理由

訴状によれば、原告の本訴請求原因は、要するに、原告は被告との間で災害保障特約付生命保険契約を締結したことろ、その有効保険期間中に保険災害事故が発生したので、保険金の支払いを求める、というにあることが明らかである。

そこで、職権により本件の土地管轄について按ずるに、まず、その普通裁判権が東京地方裁判所にあつて当庁にないこと明らかであり(民訴法四条一項)、次に、その特別裁判籍についてみても、記録によれば、当事者は本件保険契約(特別養老保険約款一五条)により、保険金の支払場所を被告会社の本店(東京都所在)または被告会社の指定した場所である旨約していることが認められ、かつ特段、被告において右指定場所を定めた形跡もないから、当庁は義務履行地を管轄するわけでもなく(民訴法五条)、また、徳島市に所在すると認められる被告会社徳島支社の権限も保険金支払に関する事務に及ばず、本店からその委託を受けた形跡もないから(特別養老保険事業方法書―乙二号証写―参照)同支社は未だ独立して保険金支払義務を行なう事務所または営業所ということができず、それ故、当庁は被告会社の事務所または営業所を管轄するということもできず(民訴法九条)、結局、当庁が本件について特判の管轄権を有すると認めうる手がかりはない。その他、本件については特段管轄の合意の合意の存在も認められず、また被告の提出した「移送の申立書」と題する書面によれば、被告は当裁判所に対し本件を東京地方裁判所に移送する決定をするよう職権の発動をうながしているぐらいであるから当庁で応訴するものとは考えられない(民訴法二五、二六条)。

そうすると、本訴の管轄権は当庁になく、東京地方裁判所に存するものと認められる。

よつて、民訴法三〇条に則り、主文のとおり決定する。

〈参考 その2〉――――――――――

(高松高裁昭和四七年(ラ)第一五号、同四七年六月一四日第二部決定・棄却、原審徳島地裁昭四七年(ワ)第六七号)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原決定を取消す。相手方の移送の申立を却下する、」との裁判を求め、その抗告理由は別紙に記載のとおりである。

よつて判断する。

一、抗告理由第一点(義務履行地の裁判籍)について

抗告人(原告)は、保険金支払義務の履行地については、当該保険契約を取扱つた支社とする取引慣習があるから、本件保険金請求事件については、民訴法五条により被告会社(相手方)の徳島支社所在地を管轄する原裁判所に管轄権があると主張するが、抗告人主張のような取引慣習があると認めることはできない。なるほど、疎甲第一号証によれば、保険金の支払が事実上支社、出張所などを通じて行なわれることが多いことは一応窺えるけれども、単に右のような事実をもつて、直ちに抗告人主張のような取引慣習があるということはできず、かえつて、乙第三号証によれば保険金支払場所を被告会社本店または被告会社の指定する場所とする旨の特約がなされていることが認められるのであるから、被告会社の保険金の支払が事実上支社を通じて行なわれることが多いとしても、支社を保険金支払義務の履行地とする取引慣習があるものとは到底認められない。したがつて、本件保険金支払義務の履行地による裁判籍は、抗告人と被告会社間の特約による履行地と認められる被告会社本店所在地(東京都)を管轄する地方裁判所にあるというべきであり、この点に関する抗告人の主張は理由がない。

二、抗告理由第二、第三点(事務所、営業所々在地の裁判籍)について

抗告人は、被告会社では、支社は「保険契約の募集およびそれに関する金銭の収受」をなす権限を有しているのみならず、支社所属の社員が保険料を集金していること、保険料の支払いが多くの場合支社を通じてなされていること、本件保険金の支払いに関しては徳島支社長名義で実質的判断を含む処理がなされていることのほか、支社という名称など部外者からみて独立して保険契約に関する業務をなしうると解されるような外観を備えているのであるから、支社は保険契約に関する業務(少なくともその一部)について民訴法九条にいう事務所または営業所というべきであり、本件保険金請求の訴は、保険契約業務に関する訴ということができるから、本件保険金請求事件については、原裁判所に裁判籍がある、と主張する。しかしながら、同法九条にいう事務所または営業所とは、業務の全部または一部について独立して統括経営されている場所であることを要するものであり、単に業務の末端あるいは現業が行なわれているにすぎない場合は、仮りに独立して業務を行ないうるような外観を備えているからといつて直ちに同条にいう事務所または営業所ということはできないと解されるところ、乙第二号証によれば、被告会社支社には保険契約の締結、保険料の収受、保険金の支払などを独立してなす権限はないものと認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はないから、抗告人主張の諸事実を考慮にいれても、被告会社徳島支社を目していまだ保険契約に関する業務を独立して統括経営している場所ということはできず、したがつて、右業務についての同条にいう事務所または営業所にあたるということもできない。よつて、この点に関する主張も理由がない。

三、その他記録を精査しても、本件保険金請求事件の管轄権は原裁判所にはなく、東京地方裁判所にあるものと認められるので、本件保険金請求事件を東京地方裁判所に移送することとした原決定には何らの違法もないから、本件抗告は理由がない。

よつて、民訴法四一四条、三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり決定する。

(加藤龍雄 後藤勇 小田原満知子)

別紙〈省略〉

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